文化・芸術

《歩く船》から《歩く方舟》へ

《歩く船》から《歩く方舟》へ

1999-2001年にかけて山口啓介は休止していた銅版画制作を再開します。

その作品の中心となったのが自家製版画本『枯野と幼年期の終わり』、

その版画本に登場する奇妙な、足の生えた船、それが《歩く船》でした。

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                                     《歩く船》2000年

版画集『枯野と幼年期の終わり』と《歩く方舟》について

 古事記の中に「枯野(かれの/からの)」と名付けられた船が登場します。
大和の国で、朝日を受けたその影が淡路島にまでおよんだという楠の大樹を
倒して作られたこの船は、それは大きく、それは速く、人間のスケールをはる
かに超える船で、また、老朽化したその船を焼いて塩を焼き、その燃えさしで
つくった琴の音はさやさやとまるで海の音のようだったと記されています。
 一方、未来また現代の巨船。アーサー・C・クラークが代表作『幼年期の
終わり』で60年前に著し、今まさに現在になりつつある未来図に登場する
巨大な宇宙船の物語。この船の住人オーバーロードは、人類を真の危機から
遠ざけ、その種としての行く末を見守ります。
 1999年から2000年にかけて制作した版画集『枯野と幼年期の終わり』の
中で、山口啓介は二つの巨船を引き寄せて新しい巨船、《歩く船》の物語を
紡ぎだしました。
 そして2013年、人類にとって最大の危機とされた「核」の問題が身近なもの
となった今、山口の《歩く船》は自ら10本の脚で立ち上がり歩き出すのです。
未来にいのちをつなぐ《歩く方舟》となって。

 (hakobuneプトジェクト 2013 いわき市立美術館 パンフレット  ueda reiko)

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歩く方舟 on いわき、玉響の休息 2013年

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《光の庭、三ッ山5つの空気柱》-山口啓介

大地の芸術際 2006年 《光の庭、三ツ山5つの空気柱》 

第3回 越後妻有アートトリエンナーレ、十日町の山里の小さな集落、三ッ山。

廃校になった小学校、三ツ山分校に展示された山口啓介の作品です。

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体育室: 壁にかかっているのは昔から伝わるこの周辺の手書きの地図。

三ツ山分校に保管され、追加修正が加えられていた貴重なもの。

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中心の《光の樹》、周りを取り囲むのはライトアップされた《光森》

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二階の教室: 《山の教室》 残されていたさまざまな教材をつかってのインスタレーション 

いまはもう校舎はありませんが、以下のサイトに写真と図面などアーカイヴされています。

 

空家プロジェクト-旧三ッ山分校 

http://park18.wakwak.com/~prospector2/works/AP03.htm

 

 

 

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《光の樹》 - 山口啓介  

《光の樹》

2005年の夏、伊丹市立美術館で開催された《いのちをかんがえる 山口啓介と

中学生たち 粒子と稜線》展のために制作された《光の樹》 

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光の樹/粒子と稜線 291x262x230cm  2005年

粒子と稜線-3  山口啓介 

 

微妙に振動している粒子。粒子が集まって固体をつくり、雨や大気をつくる。

光の粒子を集めることは、巨大なレンズや複雑な装置を使わなくても、

空の灰色で覆われた雲を透過し、海に降る雨の柱、一本の樹の木漏れ日

からも得ることができる。柿の木のある美術館の中庭から午後2時過ぎから

差し込む光が、柿の葉の隙間を透し、《光の樹》は、床にわずかな光の虹を

つくった。この一つひとつに樹脂を流し込み、植物を収めた七色の透明な箱を

積み上げ、ある山の断層の曲面をもつ三角柱のような「筒」は、上からみると

ハート(心臓)形の、見えない水脈を引く、浅い井戸でもある。

 

 それは連続する断層の無数の重なりからできている山の稜線から、一つの

断面を選び、この1コマの断面を底面にして立ち上げた光の筒で、透明な箱

のなかの、遠目には中空で静止したかのようにみえる植物の一片は、光を

透すと昆虫のようにもみえ、植物と動く昆虫が似ていることに改めて気づいた。

 

 この自然のつくりだす相似形は、はっきりした理由がわからないまま、いまも、

わたし自身を惹きつづけているけれど、もし動いていた生き物を同じように箱に

つめるとしたら、まったく違う感じを与えてしまうものになることが容易に想像が

できる。その場合には、露骨な強制とある種の残酷さからくる目論みをもって、

動いていたものの停止が、直に死を意味するが、わずかな運動で静止つづける

植物の表象するものとの差異を比べるとき、自分には、植物がいまそこにある、

静止しているもののもっている意味が、いっそう多様に開かれているようにみえる。

            (いのちを考える 山口啓介と中学生たち カタログより抜粋) 

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上からみた《光の樹》

「いのちを考える 山口啓介と中学生たち」 伊丹市立美術館

 2005年8月3日(水)~8月28日(日)

http://www.artmuseum-itami.jp/2005_h17/05yamaguchi.html

また美術館に隣接する、旧岡田家住宅酒蔵では中学生たちと

つくった《酒蔵の光森》が展示されました。

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ワークショップ「わたしの世界模型」

2005年 7月23-25日

講師:山口啓介

http://artmuseum-itami.jp/2005_h17/17w_inochi.html

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*《光の樹》は、2012年7月14日-8月19日まで、

豊橋市美術博物館に出品しています。

《自然と幻想の博物誌》

http://www.toyohaku.gr.jp/bihaku/pdf/specimenart.pdf

 

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こどもの方舟―いのちを考える Part2 いわき市立美術館 その2

カセットプラント ファクトリー こどもの方舟―いのちを考える Part2

                 《影絵劇場》

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脚立の高さも調整し、かなり高くなってきました。

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全体を写そうと後ろにまわってみると、逆光でまるで影絵のようです。 

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完成までの《影絵劇場》     

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最後の1つを貼り、完成!拍手!  

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前日、学芸員の方からのメールで、完成したときのタイトルをたずねられました。 その末文には「いわきの桜は、今、満開です。」と記され・・・   

そして、このカセットプラントの、1日だけのタイトルが名づけられました。

          《こどもの方舟-いわきの桜満開のころ》  

                2012年4月1日ー22日        

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このカセットプラントの方舟は、次の展示先の豊橋市美術博物館へと船出します。 

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こどもの方舟―いのちをかんがえる Part2 いわき市立美術館




カセットプラント ファクトリー こどもの方舟―いのちを考える Part2

 

4月1日から22日まで、いわき市立美術館で開催された展覧会。

《みんなで元気になるアートの広場》では、期間中来場者の方に

カセットプラントを少しずつ作って積み重ねていってもらいました。 

そして最終日、山口啓介さんと一緒に、ワークショップ参加者の

みなさんでカセットプラントを完成させました!

4月22日、完成するまでの制作風景です。

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レクチャー

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美術館のスタッフ、ボランティアの方が、花をきれいに分類してくださいました。

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「ひとりでできるよ!」

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窓越しに教会が見えます 

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つづく

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世界希少・難治性疾患の日 2012 

世界希少・難治性疾患の日 2012(レア ディジーズ デイ)が、2月29日に

開催されました。日本では今年が3回目になります。カセットプラント ファクトリーは

第1回目からカセットプラントのワークショップを一緒に取り組んできました。

さて、当日朝、外を見たらなんと雪が!!積もっていました・・・

電車も遅れがちで、どうなることかとおもいましたが会場はそれほど

影響もなかったようで一安心。午後からは、雪もやみ立ち寄る人も増えてきました。

スタッフのみなさんも、もうすっかりカセットプラントへの誘導、説明も慣れた

感じで、和やかな雰囲気で参加者のみなさんにも楽しんでいただけたようです。

会場前の、サインパネルはポスター、チラシにも使われた山口啓介の絵画作品

「田園風景」のイメージで目を引くようこんなに大きく設置されました。

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会場の様子

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少しずつふえてゆきます

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カセットプラントWSとメッセージボード

メッセージボードには、手形スタンプを押してメッセージを書きます

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反対側には、和歌山から届いたオリジナルメッセージカード!

カセットプラント ファクトリーでお世話になっているなかむら屋さんの

協力で、今回「なかむら屋マイRDD」が実現しました。

「2012.pdf」をダウンロード


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かなり上までできてきました

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OO(おお)広場

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花に囲まれ♪

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18:00-19:00のメインイベント「患者さんの声」たくさんの人です

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そして、ついに完成~!

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みなさんありがとうございました♪



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いわき市立美術館 「山口啓介 カセットプラント こどもの方舟-いのちをかんがえる」

【カセットプラント ファクトリー こどもの方舟-いのちをかんがえる】

2012年1月21、22日(土、日)に、いわき市立美術館で開催された

ワークショップの様子のレポートです。

両日とも10時からお昼をはさんで15時まで作業をおこないました。

去年の12月から美術館のスタッフのかたとボランティアのかたに

シリカゲルで乾燥させてもらった花を、カセットケースの中に入れて

いきます。

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おもいおもいに好きな花を選んでカセットケースに詰めていきます

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カセットケースに両面テープをつけます

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下から順番に積み重ねてはっていきます

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「よいっしょ!」4歳の女の子も夢中

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「どこにはるときれいかな~」となりとのバランスを考えながら

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いかがでしょう~

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わたしのとっておきの1個、撮れるかな・・・

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高いところは、脚立も使いました

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晴れた日に、陽射しが差し込むカセットプラント

たくさんのこどもたちと参加者のみなさんの笑顔がいっぱいの2日間でした!

またお会いできる日を楽しみに。

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山口啓介と方舟

山口のデビューした1990年、ヒルサイドギャラリーでの

個展カタログを見るとそのエッチング作品には「方舟」と

いうタイトルがいくつか使われている。

《ギルガメッシュ王の方舟/1988年》《王の方舟/1988年》

《緑の柩-空に浮かぶ王の方舟/1989年》。そして大型組み

合わせ銅版画の一つ《水路―王の方舟/1990年》。

「方舟の作家」とも言われるそのはじまりはなんだったのか。

作家の言葉をあつめてみる。

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エッチングと方舟について            山口啓介    

はじめてエッチングという方法を経験したときの、高圧で

プレスされた銅版から紙をめくるときの快感。この快感は

制作そのものが、ともかくそこで終わった、ということから

来ていた。絵の制作に、自分で終止符を打つのは難しい。

まじめに考えれば、制作は内的な要因では決して終わり

のこないものである。彫刻家のジャコメッティは、その罠に

誰よりも真面目に飛び込んだ。作品が終わるには、外的

な要因を引き寄せる方法をみつけなければならない。

硝酸によって溶かされた銅版の上の点、線、面は、一度

刻まれたら消すことができず、刻まれた溝にインクが詰め

込まれ、さらに紙が圧力で押し込まれて、銅版上の谷の

凹みは紙の上でコンマ数ミリの山に反転する。このわずか

な質量をもつ均質で自由な線を“彫っている”硝酸の労働。

方舟は、エッチングをはじめたときから版の上にあらわれ

た。銅という素材は“船”というモチーフを呼び寄せる。

版を浸ける無色な希硝酸で満たされた小さなプールは、

銅が溶けはじめると鮮やかな海の色、セルリアンブルーに

劇的に変化する。硝酸の海に入っている一片の銅のかけ

らは、洪水のなかに浮かぶ、ノアの家族と地上の動物の

つがいを一組づつ集めて乗せている箱形の船のようだ。

カセットプラントは、この方舟というモチーフ、遺伝子の

保存箱を具体的にする。

 

(2003年 山口啓介展|空気柱 光の回廊 カタログより)

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方舟について                    山口啓介

前世紀も終わる頃になって、遺伝子情報の研究が急カーブ

を描いて発達したようにみえる。複数の国家による組織と、

ひとつの企業による、あのヒトゲノムの解析の報告の意味

を、理解できる人はどれほどいるだろうか?しかし、たとえ

ばあるひとがいった、人間の身体は遺伝子の乗り物である

といった言い方は、自分にもわかるような気がする。

地上の、つがいの動物を一対づつ集めたノアの方舟は、動

物種の遺伝子を運ぶ乗り物といえ、その遺伝子の乗り物は、

「箱」のかたちをしていた「船」と伝えられている。遺伝子、

乗り物、箱、船という単語は、自分には情報、収集、保存、

伝達の意味と深く関わっているように思われ、動物種に対応

する植物の種子、花、葉、果実、あるいは、保護膜としての

樹脂、皮膜、浸透、透明、光、を集めて作品をつくる。方舟が

遺伝子の乗り物であるのなら、ヒトの身体自体もまた方舟と

いえる。ヒトの内部は植物的な管におおわれている。

 

(2002年 山口啓介|植物の心臓、宇宙の花 カタログより)

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水路-王の方舟 120x234cm (in 6 parts)、エッチング、1990

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「世界地図」 山口啓介

2011年3月11日、12日以降、はじめてブログを更新します。

このような深刻な事態に直面し、どのような言葉からはじめることができるのか、

私にとっては簡単なことではありませんした。

また、前回のブログで紹介した、レアディジーズデイの絵は、今となってみると

また違った意味をもってくるようで、そのことも更新をためらわせました。

そんななか、山口の作品のなかで今回どうしても紹介しておかなければと考えた

作品と文章があります。

それは、1995年「世界地図」という展覧会で発表した作品「原子力発電所」と、

展覧会に寄せた山口の文章です。

以下、全文を転載します。 (西武アート・フォーラム 個展カタログより)

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「世 界 地 図」    山口啓介 

 今年の3月からほぼ10月の終わり頃までデュッセルドルフにいた。

運よく市の南側にある集合アトリエが使えたので、ここで「atomic power plant

(原子力発電所)」「世界地図」「elephant cage (象の檻)」の3つのシリーズから

なる「ドローイング」を描いた。

 アトリエは、大小2ヶ所、市より無償で提供されたのだが、人工50万人のこの

都市に200ヶ所前後の同じような施設があるというのでは、制作以前の問題を

問題としたくなる。ともあれ今回これらの作品を作るにはキャンバスではだめで、

キャンバスのように大きな紙が必要であった。

 3つのシリーズの個々の題は、連鎖するある一定方向の意味、つまり世界各地

に散在する原子力発電所(核施設)と核による攻撃・報復の指揮管制通信網戦略

施設)の要である 象の檻 と呼ばれる集合アンテナとの「世界地図」上のフィー

ルドでの関係について、「個人的に考えること」をその動機にしている。

とくにこのとき、これが「個人的であること」だけが重要であると思う。そうでなけれ

ば制作の動機と結果がただちに短絡的に直結して「社会的と思われている物の

意味」に足をとらわれてしまうだろう。そこでは「美術」である必要がどこにもない。

 「世界地図」とは、大きな紙にしみこんでいく模様が世界地図のようにみえること

からきている。「寝小便」というと誰が言い始めたのかしらないが、むかしは、フトン

に染み込んだ染みを世界地図といったりした。これと同じように一晩かけて紙に染

みこんだ顔料の染みや滲みは、やはり世界地図のように見えることがある。

フトンよりもずっと目の摘んだ紙の上では、顔料を溶かした溶剤が少しずつ乾い

ていくことからくる乾燥速度の時間差がよりはっきりした痕跡を残していくので、

「時間」というものが、物質化されているように見える。染みや滲みは、性質その

ものが、偶発的であることから、あまりこっちの言うことを聞いてくれない。その結果

も受動的に引き受けなければならない。それは、制作の始まった時点から受動的

であることなので、「作る」という行為より「成る」要素が優先されるし、ある種の

不完全なものを引き受けることでもある。

 「ドローイング」という分類上の呼び方は、「絵画」という分類がキャンバスの上に

描かれているところからきているのであるが、そのような分類は、支持体を根拠と

する以上のものを付け加えようとすれば、無意味であるし、有害でさえある。

また、しかし、同時に「ドローイング」という呼び方には、何か、現在進行形のような、

あるいは、何かの設計図のようなあいまいさがあり、興味がある。これが「絵画」と

呼ばれてもよいし、エッチングの大きな作品についてもいえることだが、キャンバス

(と絵の具)という支持体による分類から、見るほうもここらへんで開放されたいも

のだ。不完全なものを引き受けること、不純物たちがリードしていくことで絵が進め

られていく。括弧つきの「絵画」の箍をはずしてやりたいと思う。

 一方で現象的なもの、そのものには、興味が持てない。寝小便の染みが

「世界地図」という意味に転化されなければ、それはただの染みでしかない。

「社会的」と思われている関心事がこれ程、個人を脅かし続けているのであれば、

個人としての自分が、どうして無関心でいられるだろう。それは、僕自身が、染み

や滲みといった不安定で不自由なもののなかに「世界地図」を見ていることと同じ

だと思う。

―「個」を強くしなければならない。

                          1995年10月 デュッセルドルフにて

                                         山口 啓介

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「原子力発電所 6 」 1995年 サイズ 272x360cm  自家製樹脂・顔料・アスファルト、紙

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《地球・爆》へ -山口啓介

現在開催中の、第8回アートプログラム青梅「循環の体」展で、青梅市立美術館に

展示されている、共作絵画プロジェクト《地球・爆》のご紹介です。

メンバーのひとり、山口啓介が自身が共作絵画に参加した、いきさつをふまえて

その思いを文字にしました。 (展示会場 パネル文より)

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七年前のある朝、岡本信治郎さんから電話があった。

たぶん、寝ぼけながら受話器を取っていたが聞こえてきた名前に“見覚え”があって

インディアンの絵の方ですね?と思わず聞き返していた。十代の頃、家で取っていた

『週刊 世界の美術』の一冊で、岡本太郎とは明らかに違う図版の下に「岡本信治郎」

と書かれていた文字を覚えていたから。ぼくが生まれた年に描かれていたその作品

は、むしろ図版で見るとポスターのような雰囲気があって、この絵の上に文字が入っ

ていてもちっともおかしくない。後で知ると、岡本さんはデザイナーでもあったのだ。

今では、“デザイン”と“アート”という言葉の区別など、多くの人にとってはどうでもよ

いだろう。しかし、今でも、つくる側にとってはやっかいな問題を孕んでいる。

“デザイン”はたいてい相手となる注文主が最初にいるが、“アート”は、誰も頼んで

いないのに、まず自らつくってしまうものなのである。これは卵と鶏の関係に似て、

とくに運よく“アート”にも依頼主がつくと同じようにも見えるが、それが“アート”であり

続けるなら、やはり依頼者の思惑からどこかではみ出てしまう。第一歩の動機に含ま

れているものというのは簡単にはあなどれない。人間に自発的な主体性というものが

認められ、芸術という意識が芽生えた頃から、とくに絵画では個の表現や作品の自己

同一性こそが前提となり、またそこにその存在をかけていたのだから。

だから、最初の《地球・爆》のエスキース(原案画)を描いてコピーを送ると、岡本さんに

よって自分の描いたイメージが“勝手に”分断されたり、九十度回転させられたりした

ものが送られてきて、すいぶん違和感があった。こんなとき、岡本さんは長く会社に勤

め上げた頃のようにアートディレクターになる。“共作”という手法は娯楽文化や情報産

業では日常的に行われているし、組織あるところ、当り前だろうけれど、こちらが出した

イメージから岡本さんは返歌のように自身の絵に取り入れ発展させて送って来たりも

する。つまり、これは連歌という形式なんだ、とはじめてストンと体に入ったのは、実は、

ここに展示されている《地球・爆》1番の《鳥人間》の目玉を、岡本さんのアトリエで実際

にキャンバスに描いたときだった。最初の電話から四年が経過していたと思う。

《地球・爆》シリーズは1番から11番まで数年かけて全セスキースはひとまず完成し、

ひとつの作品がそれぞれF150号を基本とした十五枚から二十数枚組で組まれている、

途方もない計画。

しかし、戦争という得体の知れない巨大なものを前にして、今は次の言葉を少しリアル

に感じることができる――

“私と言うか言わないかがもはやまったく重要でない地点に到達することだ。”

(ドゥルーズ=ガタリ)


《地球・爆》へ  山口啓介    2010.10.29

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《地球・爆》共作絵画プロジェクト 展示風景

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左より、伊坂義夫 ・ 岡本信治郎 ・ 山口啓介

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先月、10月30日(土)に青梅市立美術館で行われた関連企画のシンポジウム

「アートの社会性―絵画と主題、彫刻とモニュメント」には、台風の真っ只中、

たくさんの方にご来場いただきました。ありがとうございました。

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北澤憲昭氏 基調講演 「アヴァンギャルドから戦争美術へ」

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シンポジウム 「アートの社会性―絵画と主題、彫刻とモニュメント」

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シンポジウム会場風景

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●第8回 アートプログラム青梅「循環の体」
■会期:2010年10月16日(土)-12月5日(日)
  会場:青梅市立美術館
  時間:9:00-17:00(入館16:30まで、月曜日休館)
  参加作家:
  岡本信治郎 (伊坂義夫、小堀令子、清水洋子、松本旻、山口啓介)
  母袋俊也、山口啓介、藤井博、岡埼乾二郎、王舒野、原田丕、為壮真吾
  大浦雅臣、戸谷成雄、白井忠俊、作間敏宏、土田俊介、上村卓大、越智彩
  水上嘉久 
  
■会期:2010年10月30日(土)-11月28日(日)
  会場:青梅織物工業共同組合施設 
   [BOX KI-O-KU、SAKURA FACTORY]
 時間10:00-17:00(月曜日休み)
  会場:都立青梅総合高等学校講堂
 時間:10:00-17:00(月曜日休み)
 会場:吉川英治記念館
 時間:10:00-16:30(入館16:00まで、月曜日休館)
 主催:アートプログラム青梅実行委員会 

 *展覧会詳細:http://www.art-program-ome.com/

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